いずれこの地球から完全撤収しようと思うんだが・・・

多次元に散歩中の日常をラフスケッチで切り取り、貼っつけるブログ

どこに居たいかは選べる、のを忘れない。

普通に、この3次元物質世界に生きながらも、どこの波動域で居るかは自分で選べる。

 

その時の自分の到達しうる範囲で。

 

でもこれが、ナカナカだったりもする。

 

安定と持続には、自分を扱う為の創意工夫と、常に「感覚」の刷新が必須。

 

メンドクサイ?

 

 

けど、選べるならば、やっぱり自分が心地よく息ができる清々しいところに居たいな、と思う。

 

むかーし、

まだその清々しい空気の場所を知らなかった頃、

 

自分が今感じているセカイが全てだと思うこともないくらいに全てだったから、

 

どんな中にあっても、そのままマミレテたし、それで全然平気だった。※自分領域守備の話とはまた別

 

でも今は・・・まあ、癖で(笑)たまに平気な感じになるけど、やっぱり少ししたら辛抱たまらんかったことに気づく。

 

で、その波動域云々って、自分の声に正直に、

 

例えばワクワクしてたり、

静寂の中にある時のような精神状態での視点のことですよね?って、超ザックリ精神論で語る方がわかりやすいのかな、

 

とも思うけど、それじゃ片手落ちなのだと思う。

 

それらの精神性は伴っているけど、そんな気分であればその波動域に居るという訳でもないし、

 

その波動をハートの奥から全身で感じているから、そこに存在している、というわけでも無い。

 

と、私の体験からは感じています。

 

そして3次元に肉体がある以上、又は、私の段階では、

そこに存在しようという意志がないと、存在できないなーとも感じています。

 

そしてそこに居ようとしても、ウントモスントモだったり瞬時に落下とかだもんね。

 

で、なんでそこに存在する必要があるの?ってことだけど、それはほんまに、そっちのが快適だから、ということに尽きる訳で、ごくシンプルな理由なのですね。

 

ま、ウッカリ忘れる癖をもう根絶したところなんやけど(笑)

 

 

 

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2010年あたりの話から・完

③の続き

 

この2月いっぱいでサロンをクローズすることにしました。

その事をお知らせする記事を書こうとしたら、こんな長いさっくりmy歴史になってしまったのですが。。。。お付き合いありがとうございます。

 

しばらく、今の活動を離れて自分の中に芽吹いている「何か面白いことしたいなー」というものを育ててみようと思います。

 

私にとってサロン活動は、私の自己表現のひとつでした。

そんな自己表現も次の段階を迎え、

これまでの方法ではなくまた新しいものへと移って行きたいな、ということに思い至りました。

 

実は2年くらい前から「サロン活動を辞めたい」という想いは、度々やってきていました。

理由は、「自信喪失」とか「虚無感」とかでしょうか。

傲慢を承知で言うと、

「自分の提供したいと思っている、地球離脱プロジェクトは誰も望んでいないし、むしろ混乱を招いて迷惑なだけじゃないのかな」

という想いに囚われてしまったんですね。

 

これと、宇宙過去生的に繰り越していた「贖罪」とか「絶望・失望・諦め」とかが結びついて重苦しいものになっていました。

時間をかけてだいぶ回復していたけど、この時はまだまだ底の方にシツコクこびりついてたんですね。

でもこの重苦しい時も、それらを浮き上がらせ流すために必要な期間でした。

(因みにこれらと実際の毎日の生活は関係なくて、そっちは平和に諦めも絶望もなく心地よく日々を送っていました。とても癒されてたかなあ)

 そういう期間を越えて、「自信喪失」も「健全な自己評価」となり、「絶望・失望・諦め」も深いところから力が抜けていきました。

 

そしてセッション内容、カタチも今の自分に沿うように変えていき、お客様も、私が最もアプローチしたかった「次元の狭間案件」を示すように、偶然の中から私を見つけて来てくださるようになりました。

 

本当に、これまでに自分が向き合い、目指してきたことの結果が出てるんだなーと感じる現実でした。

 

が、そういう「今」になったつい先日洗濯を干してたら(笑)再び「サロンやめたいなー」がね、来たわけですよ。

何かに打ちひしがれて、とか一切なくてね。

 

 

いろんな方向から見てみたけど、どうも本気。

今までの弱気ではないし、弱気が取れたからこそ「根っこ」の気持ちをダイレクトに受け取れたんだと思います。

今のカタチでは違和感がある。私はもっと自分を信じて、そして正直にダイナミックに生きていきたい。

もう気づいてしまった違和感の中には居れない。

 

ということがはっきりとしたので、難しいことや、理由はどーでも「辞めたいんやな」ということを受け入れることにしました。

勇気を出すのに「躊躇」という段階は過ぎていて、ひょい、と、そんな感覚です。

 

このあと、また人に対して何かするかもしれないし、しないかも知れないし、違うことをするのかも知れない。

何も決めていないのですが、ブログは続けていくので、

よろしかったら今後もこちらでお付き合いただけると嬉しいです。

 

 

 

私はいつも、ただただ、自分が在りたいように在り続けて行くだけ、その為の努力を惜しまず、私の中にあるイメージへと向かって行くだけ、デス。

 

※近々でセッションを受けてくださっていたり、ご連絡をいただいていた方には個別にメールをさせていただきますので、もう少しお待ちいただけるとありがたいです。

  

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2010年あたりの話から③

自分の。。。続き

 

それからしばらくしてからだったか?当時、シーターヒーラーの方が開発したエネルギーワークがあって(あの頃はそんなのが多かったなあ)友人に教えてもらい一緒に受講しました。

 

対象者のブロックをエネルギーワークで外していくってやつで、自分も効果を感じたので少しの間、知人にセッションをさせてもらっていましたが、これも、よっぽどの根本まで掘り下げて解除しないと、結局いつもの癖が出て元通り。

 

なので、当時は自分にそこまでの掘り下げの技量は無かったし、そもそも、そういう部分もサポート受けつつも根本的には自力でアナログでやることに意義を感じるタイプだったので、正式メニューにすることなく終了(笑)

 

で、あともうひとつ、グラスルーエセラピーというのを習得しました。12色のガラスを使ったセラピーなのですが、受講した理由は、そのキラキラしたガラス達が欲しかったから。

このセラピーは大好きでした。

何より、受けている方が、実感を持ちながらご自分で気づいていかれる・・というのが、前で見ていて楽しかったですね。

でも、これも昨年手放しました。

 

 

そして、この仕事をスタートして1年半くらい経ったころ、自分がハイヤーセルフと再接続するということがあり、これまでに感じたことの無い感覚を体験していくようになりました。

 

それに伴い方向性も、

 

ハイヤーセルフと繋がって本来の意図を思い出し、さっさとこの地球という枠組み思考から出て本来の自分でやっていこうよ。どうするか決めれるのはそこがスタートだよね。宇宙的にフェアじゃない状況なんだからさ。自分で設定とか何それ。歪みから派生してたらそれもどーだかね」

というものに。(オイオイ 笑)

 

↑これも今となっては「少しだけ」違うのですが、当時の私の知覚からはこんな感じかな。

 

でも当然自分もその真っ最中なので、しんどいことも多かったです。これもきっと私のハイヤーの目論見や思いますけど、ねっ。

 

途中、屋号を今の「second station D 」に変更。意味とか由来は…不明。ふと浮かんだので決めました。でも今にして思えば、この屋号を使いこなせてなかったなーと思うのです。もう一歩踏み出す勇気が無かったり、いろいろ。

 

 

そんなこんなで、現在に至るわけです。

 

次でやっと本題。

 

 

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2010年あたりの話から②

当初の目的に到達できなかったので続けます。

 

で、そのヒプノセラピーですが、習いたいと言っていた方が、受講費が高いということで受けないことになりました。

 

さて、私はどうするよ?という日に、友人宅に泊まっていて「どうしたもんかねー」と思案していたのに、

翌朝7時に、彼の先生から電話が入り気が付くと「私ヒプノセラピーを習います~」とかペロッと言っちゃってて自分でもびっくり。

 

その先生がそんな朝早くから電話をしてくるなんてそれまでに一度も無かったし、私も朝で思考が働かずのペロッと発言で、これはもうきっと何かの策略だったのでしょう(笑)

 

そしてしばらくして、ペアで一緒に勉強する方も見つかり、半年間のお勉強がスタートしたのでした。講座は、ヒプノを受けたり実践したりがメインで、事件?もいっぱいで楽しかったな。

 

そして半年後、気が付けばブログを開設(当時はFC2でした)、「ヒプノセラピー」と「レイキ伝授」の2本立てでお仕事をスタートさせていたのでした。

 

この時の感覚としては、「やりたい!」ではなく「やるよね、当然」のようなどこか淡々としたものだったけど、

自分はこの仕事で何をしようとしているのか、したいのか、という事は真剣にじっくりと見つめました。

 

因みに、最初の屋号は、「chichi」というカクテルが好きでそれをもじって

「たましいのたちよりじょ~chichian 千氣庵~」

でした。なので、したいことってこんな感じのことやったかな。(どんな感じかわからんねー笑)

 

 

そういうこともあったので、

パソコンなんてネット検索くらいにしか使っていなかった当時の私は慣れない作業と相まって、ブログの開設に随分と手間取り、1週間近くかかってたんじゃなかろうか。

 

 

もうひとつのメニューのレイキは、介護福祉士としてグループホームに行っていた時に、認知症のおじーさんの心のケアの助けにならないだろうかと、伝授してもらっていました。

 

でも、自宅サロンをスタートして間もなく、こういうものは伝授したりされたりしなくてもいいものなのかなと思うに至り、メニューからは削除しました。

 

また、続く。。。

 

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2010年あたりの話から

私がスピリチュアル系のお仕事をするようになったのは、そちら系の能力に目覚めてたわけでもなく、目指したわけでもなく、気づいたらやってた、みたいなことでした。

セッションを受ける側であって、する側になる気なんてさらさらなかったし。

できれば何もせずのんびりと暮らしたいタイプ。

 

けれどある時、二人目の子供がお腹の中で空に還ったときに「そろそろ勉強をしてね」というメッセージをその子が伝えてきたんですよね。

 

それで、その頃たまたま、いつもは興味が無かった講座の募集をガン見している自分がいて、結局その講座を受けることにしました。

 

今にして思えば「チャネリング講座」みたいな内容だったのだけど、自分の目的としては、講座を受けることで自分の中に渦巻く葛藤やらドロドロやらをなんとかできるんじゃないだろうかと思ったわけです。

 

案の定、講座内容は自分と向き合う作業だったので、そこでだいぶと重いものを降ろせたと思います。

それでもまだまだ持ってたんだけどね。

 

で、そんな時、そこの講座の一期生の方が(私は2期生)「ヒプノセラピー」を習ってみたい。と。

「あ、私、先生を知ってるんでどんなものか聞いてみますよ」ということで、当時懇意にしていた霊系スピ?の先生にカリキュラムとかお値段とか聞きました。

で、私は「○○さんが受けるなら私も受けてみようかな~」となったわけです。

 

ヒプノセラピーをする人になる気は無かったんだけど、その習いたいと言っていた方が好きだったのと、習う過程で、私のこのまだまだ重いものがどうにかなるかなーという目論見があったんですね。

 

どんだけ重いねん、て話ですが(笑)

 

続く。。。

 

 

 

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