いずれこの地球から完全撤収しようと思うんだが・・・

多次元に散歩中の日常をラフスケッチで切り取り、貼っつけるブログ

どこに居たいかは選べる、のを忘れない。

普通に、この3次元物質世界に生きながらも、どこの波動域で居るかは自分で選べる。

 

その時の自分の到達しうる範囲で。

 

でもこれが、ナカナカだったりもする。

 

安定と持続には、自分を扱う為の創意工夫と、常に「感覚」の刷新が必須。

 

メンドクサイ?

 

 

けど、選べるならば、やっぱり自分が心地よく息ができる清々しいところに居たいな、と思う。

 

むかーし、

まだその清々しい空気の場所を知らなかった頃、

 

自分が今感じているセカイが全てだと思うこともないくらいに全てだったから、

 

どんな中にあっても、そのままマミレテたし、それで全然平気だった。※自分領域守備の話とはまた別

 

でも今は・・・まあ、癖で(笑)たまに平気な感じになるけど、やっぱり少ししたら辛抱たまらんかったことに気づく。

 

で、その波動域云々って、自分の声に正直に、

 

例えばワクワクしてたり、

静寂の中にある時のような精神状態での視点のことですよね?って、超ザックリ精神論で語る方がわかりやすいのかな、

 

とも思うけど、それじゃ片手落ちなのだと思う。

 

それらの精神性は伴っているけど、そんな気分であればその波動域に居るという訳でもないし、

 

その波動をハートの奥から全身で感じているから、そこに存在している、というわけでも無い。

 

と、私の体験からは感じています。

 

そして3次元に肉体がある以上、又は、私の段階では、

そこに存在しようという意志がないと、存在できないなーとも感じています。

 

そしてそこに居ようとしても、ウントモスントモだったり瞬時に落下とかだもんね。

 

で、なんでそこに存在する必要があるの?ってことだけど、それはほんまに、そっちのが快適だから、ということに尽きる訳で、ごくシンプルな理由なのですね。

 

ま、ウッカリ忘れる癖をもう根絶したところなんやけど(笑)

 

 

 

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